「距離感」をめぐる独り言 絵と人間関係のあいだで

日記

普段の生活や趣味の中で「距離感」を意識することはありますか?

趣味で油絵を描いている私にとって、一番気を付けている、そして一番の難敵がこの「距離感(奥行き)」です。

「左側にある大きな杉の木と、道路を挟んだ右側にある建物の位置関係は、正しく表現できているだろうか?」 「手前の水面から、ずーっと奥にある水平線までの広がりが、ちゃんと目で見て分かるようになっているだろうか?」

平面の一枚板のようにならないよう、いつも自分に問いかけながら筆を動かしています。

それなのに、分かっているはずなのに、つい忘れてしまうのです。 絵の「色」にこだわり始めると、頭の中から「距離感」がすうっと消えてしまう。気づけば、目の前の色を塗ることに夢中になってしまっています。

不思議なもので、私の場合は「意識して描くとき」と「意識せずに描くとき」で、出来上がりの結果が大きく違ってきます。 絵の上手な人は、意識せずとも体がその感覚を覚えているのでしょうか。それとも、どんなときも距離感を忘れない脳を持っているのでしょうか。

いくつになっても新しい技術を習得するには、やはり繰り返し「空間」を意識して、体に染み込ませていくしかないのだろうな……と、あれこれ考えています。

そんな絵の上の「距離感」ですが、ふと考えると、人と人との「距離感」もまた難しいものですよね。

私は、まだ数回しか会っていなくて、お互いのことをよく把握しきれていない段階から、ぐいぐいと親しげにされると少し困ってしまいます。 自分が「ここが話しやすいな」と思って一歩引いた距離をとっても、相手がその距離をさらに縮めてくると、どうしても不快感がちらついてしまうのです。

絵を描くときのように、その人の配置を「ずーっとキャンバスの奥の方へ」と押しやれたら、どんなに楽でしょう。

皮肉なことに、そういう苦手なタイプの人と話すとき、物理的な距離感はどんどん縮まっていくのに、私の中の見えない心の距離は、反比例するようにどんどん遠くなっていくのです。

キャンバスの中の奥行きを縮めるのはあんなに難しいのに、心の中の奥行きは、あっという間に無限に広がってしまう。

二つの「距離感」を観察しよう。

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